東京地方裁判所 昭和63年(行ク)49号 決定 1988年10月21日
主文
本件申立てを却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
一 本件申立ての趣旨及び理由
別紙執行停止申立書、執行停止申立補充書及び準備書面記載のとおりである。
二 相手方の意見
別紙意見書及び行政処分執行停止申立書に対する意見書(補充)記載のとおりである。
三 当裁判所の判断
当裁判所は、本件取消処分の効力を停止することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると考える。その理由は、以下のとおりである。
1 本件疎明資料によれば、申立人は「橋のない川」(以下「本件映画」という。)第二部の上映会(以下「本件上映会」という。)を実施するために、品川区立五反田文化センター(以下「文化センター」という。)内の施設を利用しようとしていること、本件映画についてはその評価がわかれ、部落差別の映画であるとして、その上映に反対している多くの団体ないし多数の人々があること、本件上映会については「部落解放基本法」制定東京南部実行委員会外三九団体によって上映阻止実行委員会(以下「阻止実行委」という。)が結成されていること、阻止実行委等は、『差別映画の上映を粉砕しよう!』と大書し、『差別を煽る差別映画「橋のない川」の強行上映を大衆的に粉砕していきましょう』と書いたビラ、『差別映画「橋のない川」の、一〇月強行上映を、大衆的に粉砕しよう』と大書し、『上映粉砕の闘いに、立ち上がろう』と書いたビラ、『差別映画「橋のない川」を、大衆的に粉砕しよう☆』と大書したビラ、『からだをはってでも粉砕するぞ!』と大書し、『差別映画が上映されるということは私達の命にかかわる問題である以上、体をはってでも上映を粉砕する覚悟です』、『差別映画「橋のない川」の強行上映は実力阻止でたたかうぞ!』、『上映が一般公開である以上、だれでもが入場できるはずであり、上映会場になだれこみ完全上映阻止までたたかいぬく所存です』と書いたビラ等を配布したほか、品川区教育委員会事務局次長が昭和六三年一〇月一八日付けで阻止実行委及び部落解放同盟東京都連合会品川支部あてに映画上映阻止運動に際し、過激な行動に出ないよう要請いたしますとの内容の要請書を出したにもかかわらず、阻止実行委は同月一八日午後六時から差別映画「橋のない川」上映阻止十・一八講演集会を開催し、『我々も「観客の一人」として会場に入り、上映不能の事態を作り出すまで闘い抜く』、『我々も、差別映画「橋のない川」上映当日、五反田文化センターで上映阻止のための集会を開催する。この会場を砦とし、差別映画「橋のない川」上映を、大衆的に実力闘争として完全粉砕する』との内容のアピールを採択したこと、文化センターには講習室、会議室、レクリエーションホール、プラネタリウム等の施設があり、本件上映会の開催が予定される日時には子供を含む多数の人々が一〇月二二日の本件上映会の会場と予定されている第五講習室と同じフロアーにある講習室を含め右各施設の利用を予定していること、一〇月二三日の本件上映会の会場とされるレクリエーションホールは新館三階にあるが、新館二階には図書館があり、本件上映会の開催が予定される日時には子供を含めて数一〇〇名の住民の利用が予想されること、阻止実行委のメンバーである部落解放同盟東京都連合会品川支部は、本件上映会の開催が予定されている昭和六三年一〇月二二日には第五講習室と同じフロアーにある第四講習室及び第四会議室のほか一室について、同じく同月二三日には新館一階の視聴覚室のほか一室について本件上映会阻止のための会議を開催する目的で使用承認を得ていたこと、同和問題を巡っては過去に流血事件が起こっていること、以上の事実が一応認められる。
右事実に基づいて考えるに、阻止実行委を含めて本件上映会の開催に反対する多くの団体ないし多数の人々は、実力に訴えてでも本件上映会の開催を阻止しようという決意を固めていることからしても、このまま本件上映会を開催すれば、一般の文化センター利用者を巻き込んで流血事件等の不測の事態が生じるおそれが大きいといわざるを得ない。
2 次に、右不測の事態を防止する確実な手段があるか検討してみるに、申立人は、警察による警備を要請し、申立人らで上映会場内及びその周辺を自主的に警備するほか、上映会場内には上映に反対する人々を入れないように工夫する旨を主張するが、文化センター内の諸施設の配置状況、子供を含んだ一般利用者の数等を考えると、警察による警備あるいは自主警備によって十分な警備を行えないおそれがあるものというべきであり、また、申立人の主張自体から明らかなように、本件上映会は不特定多数の者に参加を呼び掛けているのであるから、会場内に入る人をどこまでチェックできるか疑問であるというべきである(文化センター内の諸施設の配置状況を考えると、入場者のチェックはレクリエーションホールあるいは第五講習室の入口で行うことになろうが、それでは他の場所で混乱が起こり、一般利用者がそれに巻き込まれるおそれがある。)。
なお、本件疎明資料によれば、申立人が昭和六三年六月に本件映画の第一部の上映会を開催した際には、若干の小ぜり合いがあった程度であったことが一応認められるが、右上映会の当時には本件上映会に対するほどには反対運動が激しくなかったこと、本件映画を差別映画と評価する人々のなかには、第一部に比較し第二部はより差別性が大きいと考えている人がいることが窺えるのであって、このことに鑑みると、本件映画の第一部の上映会での混乱がそれほどでもなかったからといって、本件映画の第二部の上映会においてもたいした混乱が起こらないということはできない。
したがって、右不測の事態を防ぐ確実な手段はないといわざるを得ない。
3 本件取消処分により、申立人は表現の自由という重要な基本的人権の行使を阻害されることは明らかであり、その原因が阻止実行委等の実力行使にあることも明白であるが、しかしながら、申立人は、他日、十全の警備を行うことができる会場を準備し、事前に十分な対策を講じて、本件映画の上映会を行うことも可能であると考えられるから、右基本的人権の行使が全く不可能になるものではないというべきであり、これらのことを勘案すれば、本件取消処分の効力停止によって本件上映会が実施された場合、流血事件等の不測の事態が発生するおそれがある以上、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものといわなければならない。
四 よって、本件申立ては理由がないから、これを却下することとし、申立費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤晶 裁判官 中山顕裕)
別紙 執行停止申立書
申立の趣旨
一、申立人の昭和六三年七月一二日付品川区立五反田文化センターレクリエーションホール使用承認申請に対して被申立人が同日なした使用承認、及び申立人の同年八月二三日付品川区立五反田文化センター第五講習室使用承認申請に対し被申立人が同日なした使用承認を、被申立人が同年一〇月一九日いづれも取消した処分の効力を停止する。
二、申立費用は被申立人の負担とする。
との裁判を求める。
申立の理由
第一、当事者
申立人「五反田よい映画を観る会」(以下「観る会」という)は、映画鑑賞を主たる目的とする権利能力なき社団であり、森永伊紀はその会長である。
被申立人は品川区立文化センター条例により品川区立五反田文化センター(以下「文化センター」ともいう)の施設について使用承認等の管理権限を有するものである(同条例第四条)。
「観る会」は昭和六一年一〇月、申立人及び申立人の友人五、六人でよい映画をフィルムを借りてきて皆で観ようということで作った純粋に民間の団体であり、会則をもち、活動としては、主として一月または二月に一度、アンケートによる会員の希望の映画や、あるいは「観る会」の運営委員会で決めた映画を鑑賞することである。
入会金は一〇〇円で、映画鑑賞のつど五〇〇円の会費を払うのが原則であり、その他カンパを払う特別会員の制度もある。
現在会員は約四〇〇名であり、昭和六二年五月品川区社会教育団体に登録した。現在までの「観る会」の映画上映回数は一三回で、会場は全て品川区営の施設であるが、五回目からは「文化センター」を、その施設が良いことから使用している。
第二 品川区五反田文化センター使用許可とその取消
一、申立人は、昭和六三年七月一二日被申立人に対し、東京都品川区西五反田六丁目五番一号五反田文化センターレクリエーションホールを映画「橋のない川」第二部の上映鑑賞のため同年一〇月二三日(日)午前・午後使用すべくその承認の申し入れをなしたところ、被申立人は同日その使用を承認した。申立人はその使用料金四一七〇円を納付し、館長から施設使用承認書の交付を受けた。
また、申立人は、同年八月二三日、被申立人に対し、「観る会」事務局長の川瀬善一名義で右映画の上映のため、「文化センター」第五講習室を同年一〇月二二日(土)夜間使用すべくその承認の申し入れをなしたところ、被申立人は同日その使用を承認した。申立人はその使用料金一一七〇円を納付し、館長から施設使用承認書の交付を受けた。
二、しかるに被申立人は、右映画の上映を三日後に控えた同年一〇月一九日申立人に対して「五反田文化センター施設の使用承認の取消について(通知)」と題する書面を送付し、右使用承認を取り消す旨通知してきた。
その根拠法令は品川区文化センター条例第八条第三号であり、取消理由は「当日、上映会会場および五反田文化センター全館において混乱が予想され、文化センターおよび併設施設である五反田図書館の管理運営に重大な支障を来たすと認められるため。」というものである。
右品川文化センター条例第八条は、
(使用承認の取消等)
第八条 委員会(品川区教育委員会)は、使用者が次の各号の一に該当する場合は、その使用条件を変更し、または使用を停止し、もしくは使用承認を取り消すことができる。
一、使用目的または条件に違反したとき。
二、この条例または委員会の指示した事項に違反したとき。
三、その他委員会が必要と認めたとき。
というものである。
第三、取消処分の違法性
一、そもそも集会・言論、表現の自由は、侵すことのできない国民の基本的人権であり(憲法第二一条)、民主主義社会存立の根幹をなすものである。被申立人はとりわけ教育委員会であり、その委員は公務員として、憲法を尊重し擁護する義務を負うものであって(憲法第九九条)、本件の如く、映画にはじめて未解放部落問題を正面からとりあげた部落差別撤廃を訴える画期的作品の上映には積極的かつ自由に「文化センター」の使用を承認すべきものである。しかるに被申立人は、「文化センター」使用承認を取消し、もって申立人らの本件映画上映を阻止せんとしたものである。このような被申立人の処分が、憲法の保障する表現の自由、集会の自由を蹂躙し、公務員としての憲法擁護義務に違反するものであることは極めて明瞭である。
二、「文化センター」は、地方自治法第二四四条第一項にいう公の施設の一つであり、同条第二項は「正当な理由」がない限り、普通地方公共団体は、住民にその利用を拒むことができない旨定めている。また、品川区立文化センター条例は、第一条(目的)において、「この条例は、文化の高揚と体育、リクリエーションの普及等社会教育活動の促進をはかるため、品川区立文化センター(以下「文化センター」という)の設置および管理について必要な事項を定めることを目的とする。」
と明記しているのである。地方自治法は、被申立人が住民の「文化センター」の利用につき不当な不利益扱いをしたり、憲法で保障された国民の集会、表現の諸活動を不当に制限、抑圧しないことを義務づけているだけでなく、本件映画上映などは条例の目的に照らせば、かえって、住民の文化高揚を図るものとして積極的に利用できるよう援助すべきことを義務づけているとまでいえるのである。
しかるに被申立人は、恣意的に本件取消処分をなしたのであって、地方自治法第二四四条第二項及び品川区立文化センター条例第一条の精神に違反するものである。
三、被申立人の前記通知書によれば、取消理由は、「混乱が予想され、文化センター等の管理運営に重大な支障を来たすと認められるため」とされている。そしてこのことが右条例第八条第三号にいう「その他委員会が必要と認めたとき」に当るとされている。しかし右第八条第一号は「使用目的または条件に違反したとき」とされ、第二号は「この条例または委員会の指示した事項に違反したとき」とし、第三号とあいまって、許可処分の取消事由は極めて限定されているものである。第三号における「その他委員会が必要と認めたとき。」との規定も、利用の目的、態様等が一見して公序良俗に反する場合、あるいは施設の使用承認がかえって他の基本的人権を直接侵害し、かつそのおそれが明白である場合等特段の事情がある場合に限られるべきであり(疎甲第二三、同二七号証)、無制約に、あるいは恣意的に運用されてはならないことは当然である。右「混乱」とは何を意味するか明らかではないが、一部の人の暴力的妨害が(疎甲第一九号証)その理由とされるのであれば、行政当局が暴力に屈して国民の基本的人権をふみにじるものと言わねばならない。繰り返すが、申立人らが為そうとしていることは、平穏に映画を鑑賞しようということである。平穏な集会を開こうということであり、映画という表現に接しようということである。これを暴力的に妨害しようとする者があれば、公の施設の管理者として毅然として妨害者を排除し、場合によっては警察力をも要請するということこそ、法は要請しているものである。我が国は法治国家であって、暴力で憲法により保障された集会・結社・表現の自由という基本的人権をふみにじることは決して許されないのである。憲法の保障する基本的人権は国民の不断の努力によって保持しなければならないものであり(憲法第一二条)、公務員は特別に憲法尊重擁護の義務を負っている(同第九八条)。「混乱が予想され」るからといって、その混乱を防止する手を何ら講ぜず、一方的に、集会・結社・表現の自由という、国民の基本的人権の行使を事実上不可能にするということを、地方公共団体はなすべきではない。右条例第八条第三号に本件が該当しないことは明白である。
第四、回復の困難な損害と緊急の必要性
一、映画「橋のない川」は、原作者住井すえ氏の同名の長編小説を著名な映画監督今井正氏が映画化したもので、戦前の部落差別の問題をとりあげ、差別徹廃を現代に訴える画期的な作品である。
映画「橋のない川」の上映は、多数の市民に深い感動を与え、真の部落解放運動に大きく貢献した。
二、「観る会」の代表者らは、会員の上映希望の最も多い作品として、「橋のない川」第一部に続いて同第二部の上映を企画し準備を重ねて来た。
一〇月二二日(土)、二三日(日)の上映日と開始時間、会場を刷り込んだビラをだいだい色、うぐいす色、白色、青色及び黄色の五種類合計二五四〇〇枚を印刷し、現在まで約一九〇〇〇枚を会場周辺の各戸や駅頭、集会で配布し、また団体個人に渡して宣伝してきた。ポスターも三〇〇枚刷り、知り合いの団体等に配った。上映協力券(一枚五〇〇円)も多数売った。
赤旗新聞には一〇月一四日(全国版)一〇月一七日(東京版)の二回記事として紹介された。
このように「橋のない川」第二部の上映については宣伝が広がり、期待をもって待っている人が多い。
この開演三日前に会場使用承認が取り消されても、右のように既にビラ、ポスター、新聞等で日時会場を宣伝し、上映協力券も配布し、諸準備も進めた現在、会場変更は不可能である。
右取消処分が執行されれば、右映画を上映することができなくなり、申立人が回復困難な損害を蒙ることは明白である。
第五、よって申立人は、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるので、右取消処分の執行停止を求めて本申立に及んだ。